のだばり石(のだばりいし)

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のだばり石 元権現崎の登山道入り口付近で「はさみ岩」の隣に位置している。 人がのだばっている(人がうつぶせになっいる)ように見えることからこの名前が付けられたと言われている。

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寄せる白波が美しいところでもある


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以前この場所で撮った気に入りの1枚です「陽春の白波」


 

下ハブ(したはぶ)

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山桜の咲く頃

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下ハブ この浜は小さい浜、狭い浜、1に満たない半分という意味で付けられたか定かでない(小泊海岸地名より)

小泊岬遊歩道沿いにあり、少し行くと大澗海岸がある位置にあり、以前築港工事の防波堤の基礎となる「ケイソン」が作られた場所でもある。その頃の名残がいまでも見られます。

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ここから見る、北海道、津軽半島もまた絶景である。

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舫岩(もやいいわ)

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大澗海岸の入り江の岩場に、岩をくりぬいた舫岩(もやいいわ)が残っている。弁財船(北前船)が帰港した際利用したといわれている。全国でも珍しく貴重であるので、中泊町の有形文化財に指定されているそうです。

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柴崎城址(しばさきじょうし)

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 柴崎城址 津軽の豪族、安藤盛季は南部義政に急襲され、旧市浦の福島城、唐川城を落とされ、海に対応した最後の砦小泊の柴        崎城で交戦したが、ついに落城。嘉吉3年(1443年)城直下の大澗海岸から北海道松前に撤退したと伝えられている。         (中泊町 小泊海岸地名より) 

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 秋の柴崎城址です。紅葉がとても美しいです。